プログラムノート

シューベルト・チクルスⅡ

2003年2月18日
東京文化会館小ホール

ピアノソナタ 変ホ長調 D568 (1817年?作曲)

 この曲は1817年、変ニ長調で作曲され、その時は、第3楽章のない三楽章だけの曲であった(D567)。それが何故、変ホ長調に書き換えられたのか定かでない。改訂にあたり、第3楽章が付け加えられただけでなく、第1、第4楽章に若干の手が加えられた。中でも第4楽章の展開部の変更は甚だしく、この第二作の方がはるかに優れている。
 長い間この第二作は同年同月作曲されたと言われてきたが、様式からしてももっと先の1825/1826年の改訂ではないかという説が現れたのも無理のないことかもしれない。

第1楽章

 第1楽章では既に、数少ない音で多くを語るシューベルトの作風が伺える。また第一作に比べると僅かなリズムの改訂のおかげで躍動感が出て、第1テーマを生き生きとしたものにしている。しかし所詮シンプル極まりないこのテーマは基本的に天上的な力もデモーニッシュな力も持つことができるだけに、どちらにでも七変化するのである。このテーマは展開部で16分音符の分散和音に姿を変えて、果てしない和声の変遷を楽しむ。更に興味深いのが副主題群。まず現れる初めのテーマの何と愛らしいこと!驚り一つない。そこにデモーニッシュなものにも通じる2つ目のテーマが現れ話は複雑になる。

第2楽章

 ABA'B'コーダの二部形式。第一作から既に完成度の高さを見せており、ただト短調に書き換えられただけでほとんど手は加えられていない。そのままオペラのアリアにしても良いような嘆きのテーマはフェルマータによって疑問符のついたモノローグ。その後、六連符で刻まれた伴奏が劇的な展開を促す。

第3楽章 メヌエット

 そのまま踊れるような主部は清楚で素朴な踊り。トリオの部分は“2つのスケルツォ D 593" の変ニ長調のトリオと全く同じである。どちらが先に作曲されたものであるか定かでないが、シューベルトが気に入っていたことは確かであろう。大変親しみやすいメロディーとリズムが耳に馴染む。

第4楽章

 A(ab)-B-A(ab)の三部形式。ソナタ形式にするべく書かれた第一作より、はるかに充実している。これをみると、彼にとって展開部というところは、使われるモティーフが主題であろうと副主題であろうとまた全く姿を変えたモティーフであろうとそれらが何かを生成する場ではなく、新たな世界に踏み込む場である方が、自然だったのであろう。第一作に比べて弱音が多く、そのおかげでより品性のある作品となっている。

ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ短調 D385 (1816年3月作曲)

 1816年3~4月、19歳のシューベルトは3つの“ヴァイオリン伴奏付きピアノソナタ”を作曲した。シューベルト自身はソナタと称したが、残念なことに出版社ディアベリがソナティネと名づけたことから、一般にソナティネと呼ばれるようになってしまった。いずれにせよ、この愛すべき作品には充分シューベルトの独創性が伺える。

第1楽章

 ベートーヴェンのピアノソナタ Op.14-1の第1楽章 第1テーマと同じ音型で始まるが、彼独特のイ短調への思いが効を奏して、まるで違う世界を醸し出している。弱音で始まるこのテーマはヴァイオリンが強音で大きな跳躍を示すに至って、その隠された力を示す。それとは対照的に甘い第2テーマがハ長調で三連符の波の上に現れる。副主題部の後半は三連符の同音連打が伴奏型に現れ希望に身を震わせる。全く提示部が終ったことを感じさせずに中間部に入り、まるで経過部のような展開部を経て再現部へ。ここでは第2テーマがヘ長調で現れるが、後半イ短調に戻るため、三連符の動きが今度は不穏な性格に変わり、悲嘆のうちに第1楽章を終る。

第2楽章

 三度近親調のヘ長調。ABA'B'A"コーダのロンド形式。「A」では内面的で飾らないそれでいて心に響いてくるメロディーが印象的。「B」の部分では対照的に16分音符の流れる動きが美しく、万華鏡をみるようなめまぐるしい転調も特徴的。

第3楽章 メヌエット ニ短調

  第2楽章の平行調。また三度近親調である。主部は厳しさのある劇的なもの。それに引き換え中間部は温厚な優しさをたたえている。

第4楽章 イ短調

 A-B-C-A-B'-C -コーダの一種のロンド形式。流れる動きにのって憂いに満ちたメロディーが優雅にたゆたう。「B」は唯一長調の部分で安らぎをもたらす。「C」はまた短調に戻り、三連符の動きが波の如く押し寄せドラマティックな展開をみせる。「C」では三連符の波はフェルマータの上に座礁し、ヴァイオリンが密かに胸の内の悲しみを語り、テーマに戻る。

ピアノとヴァイオリンとチェロのためのトリオ 変ロ長調 D898 (1827年?作曲)

第1楽章 ソナタ形式

  誇りと威厳に満ち、しかも優雅さを湛える第1テーマ。第2テーマは三連符の波の上を希望に溢れ、夢見ごこちの洗練されたメロディーが現れるが、“pp" にもかかわらず、雄大さがある。展開部は充実しており見事に第1テーマと第2テーマで展開される。ここでは2つのテーマは対立、葛藤するのではなく、融合する。再現部は何と“pp"でしかも変ト長調で現れる。主調に対して三度近親調である。第2主題は主調、変ロ長調で現れ、同じく“pp"で現れるが提示部のそれよりも表現が膨らんでいる。重厚なコーダに入り堂々と終る。

第2楽章 変ホ長調 三部形式

 主部を彩る至福の悦びに満ちた楽想は現実を越えた美しさを持つ。中間部でハ短調に転調。シンコペーションの伴奏の上でピアノの旋律が苦しい胸のうちを告白するが、やがてそれもハ長調に転調し、この世のものとは思えない軽妙な音に変身する。

第3楽章 スケルツォ 変ロ長調

 テーマののびやかな陽気さ、強迫部の移動、レガートとスタッカートの交替、所構わず飛翔する機嫌の良いスタッカート。これらが織り成す何とも気まぐれなこの楽章には、“スケルツォ”という言葉がふさわしい。トリオでは打って変わって優美な長い旋律がワルツを思わせる伴奏の上に現れる。

第4楽章 変ロ長調

 ABCA'B'C' コーダの興味深い形式。調性の変遷、モティーフの性格の変化、デュナーミク及び拍子の変化によってさまざまな場面が展開される。純粋な魂の飛び交う「A」と、あの世への憧れに満ちた「C」の間を劇的に綴る「B」。これらが間断なく流れるように推移していく。「C」は「A」と「B」のモティーフでできているので、展開部的な性格を持っているといえるであろう。「C」では第1テーマのモティーフが遥か彼方に飛んでいくが、突然力強いコーダに入って終る。